核の飢餓の脅威に焦点を当てる科学者

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【ワシントンIDN=アーネスト・コレア】

核軍縮・不拡散の進展にとってマイナスとなる事態が発生した。米共和党のリチャード・ルーガー上院議員が5月8日にインディアナ州で行われた予備選挙で敗北したのである。ルーガー氏は、保守派運動「ティーパーティー(茶会)」の支持を集める対抗候補に敗れ、11月の上院選で共和党候補として出馬することができなくなった。ルーガー氏は敗北後、無所属候補として出馬する予定もないことを明らかにした。

こ うして、他の大半の議員が関与を避けがちな核軍縮関連問題に正面から取り組んだことで広く知られ、尊敬されていたルーガー議員が、連邦議会から去ることに なった。こうした政治的に微妙な「核軍縮関連問題」といえば、ちょうど、核による飢餓の重大なリスクに関する警告が発せられたばかりであった。

安全保障や安定、生存に影響を及ぼす決定に焦点を当て、良識ある判断ができる人が少なくなってしまった。

核の警告

国際的に問題になっていることと言えば、北大西洋条約機構(NATO)による抑止・防衛態勢見直しの議論や、米下院で、第四次戦略兵器削減条約(新START)合意の履行に制限をかける立法が試みられているということ等が挙げられる。

そのなかでもトップにくるであろうことは、地域的な核戦争でさえも(例として挙げられているのはインド-パキスタン間の紛争)、紛争地からかなり離れた国々で生産された農作物にも深刻な影響を与える可能性があるという科学的証拠を示し分析した新しい報告書であろう。

核 戦争に直接的に巻き込まれた国では、核爆発の直接かつ広範に影響を受け、苦労して向上させてきた生産性は失われ、作物や農地は放射性物質の塵と化してしま う。今回の報告書が明らかにした警告は、戦闘当事国における帰結に加えて、その他の場所でも広範にわたって悪影響があり、農業の主要生産国も多大な影響を 受けるという点である。

この報告書『核の飢餓:10億人が危機にさらされる―限定的核戦争が農業、食料供給、人類の栄養に与えるグローバルな影響』は、「核戦争防止国際医師の会(IPPNW)」とその米国支部である「社会的責任を求める医師の会(PSR)」によって作成された。

(IPPNWは、核による絶滅の脅威のない平和で安全な世界を作るという共通の目標を持った、世界63ヶ国に支部を持つ無党派組織の連合体である。PSRは、核戦争・核拡散を予防し、地球温暖化を減速・停止・反転させることを目指した、医師を中心とする米国最大の組織である。報告書の著者であるアイラ・ヘルファンド氏は、IPPNWの北米副代表であり、PSRの元代表である。)

ヘ ルファンド氏は、「核による飢餓の暗い見通しは、核兵器に関する我々の見方に根本的な変化をもたらすものです。インドやパキスタンのような比較的小さな核 戦力を有する国ですら、地球規模の生態系に長きにわたる悪影響を引き起こし、数億人を10年以上にわたって栄養不良に陥れるという新しい分析結果が出たの です。これは人類史の中でも、前例のない大惨事と言えるでしょう。」と語った。

報告書の著者と報告書作成に関与した機関の信頼性、そしてもちろん報告書の内容が、この報告書を説得力あるものにしている。では、世界の食料安全保障の現在、あるいは、国連食糧農業機関(FAO)が好んで使う言葉でいえば、「食料不安」の現在について考えてみよう。

食料不安

食 料不安とは、通常、予測不可能な状況によって、ある特定の年にまとまって、世界の富裕国と貧困国との間で不均等に人間の健康や生命への脅威が広がることで ある。したがって、食料安全保障および食糧不安に影響を与えたり与えられたりする事柄へのアプローチはさまざまに異なっている。富裕国の人々が肥満が健康 に及ぼす影響に取り組んでいる一方で、貧困国の人々は、飢えと、隠された飢え、すなわち栄養不良という難題に直面しているのである。

さらに、気候変動の初期的兆候を含めた気候のパターンや生産性、生産、インフラ、歪められた貿易慣行や投資、これらすべての要素が、直接的、間接的に食料不安に影響を及ぼしているのである。

完全なる統計が利用できる最新の2011年には、2006年から08年にかけて経験されたような危機はなかった。しかし、ローマに本部を持つ3つの食料関連機関、すなわち、FAO、IFAD(国際農業開発基金)、世界食料計画(WFP)の長らは、その当時の経験の後遺症が、「2015年までに飢えに苦しむ人々の人数を半分にするというミレニアム開発目標(MDG)達成に向けた取り組みに影響を及ぼしている。」と述べている。

また、「かりにMDGが2015年までに達成されたとしても、途上国で普段から6億人が飢えているという状態は容認できない。」とも警告している。

もし、このように既に蔓延している食料不安が容認されないとしたら、核戦争によって引き起こされるより深刻な食糧危険に対して、国際社会はどのように対処すべきなのだろうか?

10億人が危険に

ヘルファンド医師と農業・栄養問題の専門家チームは、インド-パキスタン間の核戦争を仮定して、それが気候に及ぼす影響を分析した科学者によって作成されたデータを基に研究を行った。「社会的責任を求める医師の会(PSR)」 によれば、研究チームは結論として「複数回の核爆発によって大気中に排出された煤(すす)や煙によって多大な影響を受ける農業地帯では、気温の低下や降水 量の減少が見られ、それによって食物生産が阻害され、世界的に食料供給が減少、農産物価格に深刻な影響を及ぼすだろう。」と述べている。

より具体的にいうと、ヘルファンド医師らはRSP報告書の中で以下の知見を述べている。

・米国では、トウモロコシ生産が10年にわたって10%低下する。5年目で最大幅の20%減となる。大豆生産は7%低下し、5年目には最大の20%の損失となるだろう。

・中国は中期のコメ生産がかなり減少する。最初の4年間では平均して21%減、次の6年では平均10%減となるだろう。

・その結果として食料価格が高騰し、世界の貧困層数億人が食料を手に入れることができなくなるだろう。

中国と米国がこれらの農作物の生産を世界的にリードしていることを考えれば、この明確な判定において、これ以上の想像力を働かせる必要はないだろう。

報告書自体にはこう記されている。

「慢性的な栄養不良状態にある世界9億2500万人の1日あたりの食糧消費量は1750カロリー以下である。つまり、核が引き起こす飢餓により食料消費が10%減るだけでも、この人口集団全体が危機的な状況に陥ることとなる。」

「さ らに、予想される穀物生産国からの輸出停止によって、現在は適切な栄養状態にあるが、食料輸入に過度に依存している国々に住む数億人への食料供給が危機に 晒されることとなる。核戦争によって引き起こされる飢餓によって影響を受ける人の数は、10億人をはるかに超すことだろう。」

シンガポールの雄弁なる外相であり、先見の明を持った政治戦略家であった故S・ラジャラトナム氏なら、「人はパンのみで生きることはできないが、パンがなければまったく生きることはできない」と言うだろう。言葉としては軽く言われているが、その意味合いは実に重い。

農 業は、工業国においてすら、開発と継続的な進歩の源泉となっている。それこそが、ヘルファンド医師らが示した次元において食料生産・流通が破壊されること が、想像を絶する人的被害につながると言って差し支えない理由なのである。つまり、この仮想的な地域紛争とは関係のない多くの国において、長期にわたって 死が、そしてその帰結として、社会の崩壊がもたらされるということなのである。

こう考えたらどうか

打 ち鳴らされた警告に対して手早く簡単に導き出せる反応は、こんなものだろう。「そう、たしかに危険は存在する。でもそれは、インドとパキスタンが本当に核 戦争を行ったら、という話だ。不幸にも両国はインド亜大陸を核の隣国関係に変えてしまったが、これまでのところ、両国とも自制心と責任感を働かせて、核の 破壊行為に地域を陥らせないようにしている。必要なのは、国際社会があらゆる手段を使って、両国間の平和を保つことだろう。」

そのとおり。しかし、将来いつか、いずれかに軍事政権が誕生しても、果たしてその政権が自制の絆を打ち棄てるのを思いとどまらせることができるだろうか? さらに、インドとパキスタンは、核能力を持った唯一の地域大国ではない。たとえば、イスラエルも核兵器国だと一般に考えられている。また、世界の紛争地域には、その他にも核を持とうと狙う国々があるのが現状である。

中東を核の危険から解放された地域にするために協議のテーブルにつかせようという試みがなされているが、中東諸国は聞き入れようとしていない。2012年12月に(フィンランドで)予定されている中東非核地帯創設のための国連会議は、延期されそうな情勢である。

核の飢餓から人類を守る真の防護策とは、耳に心地よい歌をキャンプファイヤーを囲んで歌うような、行き当たりばったりの「みんなで平和を守っていこう」式のプロセスではなく、核軍縮に対して世界があらためて正面から向き合うことであろう。

元国連事務次長(軍縮担当)でパグウォッシュ科学・世界問題会議の現議長であるスリランカの外交官ジャヤンタ・ダナパラ氏は、彼の外交生活のほとんどを、核軍縮のメッセージを世界に広めるために費やしてきた。彼は、今日の状況をこのように的確にまとめている。

「科 学的証拠は、我々がすでに知っていることを実証的に示しています。つまり、核兵器はこれまでに発明された、遺伝的・生態学的にも無理の影響をもたらす史上 最も破壊的な大量破壊兵器である。しかし核兵器は、生物兵器や化学兵器とは異なり、既得権ゆえに依然として違法化されていないのです。」

「9ヶ 国が2万530発の核兵器を保有し、なかでも米国とロシアが全体の95%を占めている。この兵器が存在し続けるかぎり、テロリストも含め、核兵器の入手を 企図する者は後を絶たないだろう。核兵器が存在するかぎり、意図的であろうと偶発的であろうと、あるいは国家によるものであろうと、非国家主体によるもの であろうと、その使用は不可避である。従って、核兵器禁止条約(NWC)を通じて核兵器を完全廃絶することが、唯一の解決策なのである。」

この解決策を国際社会に売り込むのは難しいだろうか?確かに難しいだろう。しかし、こう考えたらどうだろうか? つまり、「もしこれが売れれば、人類にとってものすごい成果が待っている」と。(05.19.2012) IPS Japan/IDN-InDepthNews

※アーネスト・コレア氏は、元スリランカの外交官で、駐カナダ、キューバ、メキシコ、米国大使、またメディアと開発に関するコモンウェルス特別委員会の委員長を歴任した。またジャーナリストとしては、『デイリー・ニューズ』(セイロン)、『オブザーバー』(セイロン)の編集長、『ストレイツ・タイムズ』(シンガポール)のコラムニストを務めた。現在、「IDN-InDepthNews」のグローバル編集エディター、編集委員、及び国際協力評議会(GCC)のメディアタスクフォース議長を務めている。